小部屋3(sub2-R3)
- 運動神経が鈍いと思っているあなたへ(2種類の反復方法)
- 出来る瞬間は突然やってくる
- 上手になったら教わる必要はないか?
- 凡人の我々がすべきこと
- 運動神経が鈍いと思っているあなたへ(2種類の反復方法)
人はみな運動神経を持っています。手足から脳に伝わる神経を末梢神経といい、脳から手足に伝わるのを運動神経といいます。運動神経がないと思っている人は、きっと自分は何をやっても上達が遅いと感じているのでしょう。しかし、上達が早い、遅いはほとんど運動神経のせいではありません。遺伝や素質のせいでもありません。一番の原因はまず、どれだけ真剣に上手くなろうとしているかという意欲の強さがあげられます。しかし、意欲だけでも上達は保証されないでしょう。次に大切なことは、練習がただの機械的反復になっているか、それとも結果をフィードバックしながらの、よりよい動きを求めての反復(これを内省的反復と言います。内省とは「自己を深く省みる」もしくは心理学の用語では「自己の意識経験を観察する」という意味です)をしようとしているかどうかです。
すなわち、反復は必ずしも上達を保証しません。反復が機械的反復になってしまうと欠点や問題点なども、しっかり定着されてしまい、あとで矯正するのが非常に難しくなってきます。また練習が遊びになってしまうと、その反復は機械的反復になります。なぜなら、遊びとは、今できる自分のレベルで楽しむことが目的だからです。楽しみながらも自分のレベルを上げたいなら、内省的反復が不可欠です。言われたことをただ繰り返すだけでは、その上達はめったにやってこない偶然を待つしかないでしょう。
- 出来る瞬間は突然やってくる
出来る瞬間は突然やってきます。今まで全く出来そうになかったのに、ある日突然、複数の歯車(技術)がかみ合い、自分にとって始めての1つの技が発生します。それはあたかも大きなバケツに手で水を入れていくようなものです。手で水を入れていくのですから、なかなかバケツは一杯になりません。それで多くの人は出来る前に(バケツが一杯になる前に)あきらめてしまうのです。あきらめないで続けていけば、バケツはいつか一杯になり、水がこぼれる瞬間がやってきます。そ、そのときこそ出来た瞬間です。本当は、こぼれるまで水がどの程度貯まっているかがわかればいいのでしょうが、そのバケツには水を通す不透明なふたがしてあって、どの位貯まっているかはわからないようになっているようです。練習しているのに、ほとんど上達していないと思われる時期が続きます。しかし、水を入れ続けていく限り、水は増えていくのと同様、練習を続けている限り、自覚は出来ないけど、身体の内部では確実にある変化が起きているのです。
それは運動神経が伸びるという変化です。脳からの命令がでている限り運動神経は伸びていきます。しかし、伸びるだけでは運動が出来るようにはなりません。伸びて手足の末梢神経とつながる必要があります。それもある程度の太さで繋がらないと出来るようにはならないようです。ですから時間がかかるのです。このように上達は決して練習量に比例していくものではありません。いくらやっても出来ない時期が長く続いて、ある日突然出来る瞬間がやってくるのです。その瞬間は、出来なかった時期が長ければ長いほど、何にも代え難い歓喜の瞬間です。新しい世界に突入した瞬間、新しい世界が見えた瞬間です。そしてそれはやり続ければ、いつか出来るという強い自信にも繋がります。あきらめてはいけません。続けていけばいつかはこぼれます。こぼれるまで続けましょう。内省的反復を!
- 上手になったら教わる必要はないか?
僕は自分ではそんなに上手いとは思っていませんが、よく人に「そんなにスキーが上手なのにまだ教わることがあるんですか?」と言われることがあります。それに対して僕は上手くなればなるほど教わる必要があると答えています。あえて、反論を期待するように書くと、あるレベルまで(スキーで言えば1級ぐらいまで)は別に教わらなくても、時間さえかければ上達すると思いますが、ある程度上達すると、そこから更に上達するには、よほどの研究心がない限り、指導者の存在がその後の上達を左右する、と言っていいと思います。他の習い事や楽器演奏でもそうだと思いますが、うまくなればなるほど自分の未熟さに気づくようです。上手い、下手は相対的なもので、絶対的なものではないので、自分は上手いと思ったら、もう進歩はないでしょう。これが限界だと思ったら、そこが限界になります。まだまだやれると思ったら、限界はさらに広がります。自分の限界は自分次第です。そういう意味で、時々は自分よりはるかに上手な指導者から教わることはきわめて重要です。そのような人から教わると、自分の未熟さに気づかざる終えません。また自分よりはるかに上手な人のプレーを間近で見たり、直接教わったりすると、いつかそんなプレーが出来るようになりたいと思うでしょう。そのような「あこがれ」が常に上達を求める原動力になるはずです。スポーツを生涯飽きずに続けたいと思ったら、自分よりはるかに上手な人のプレーを直に見るか、直に教わることをお勧めします。
- 凡人の我々がすべきこと
上達の早い人は、きっと運動のポイントを見抜く力や、それを自分の身体で再現する能力に優れているのでしょう。それらの能力も生まれつきのものではなく、作り上げ、育てられたものです。そのような意味で小さいときから色んな運動を経験したり、教わっておくことは、その後のスポーツの上達に大きな影響を与えるものと思われます。大きくなってしまった我々としては上達意欲の強さと内省的反復の質の高さでそれを補うしかありません。