<スポーツにおける技と技術>
 先ず、広辞苑ではどのように説明されているか、調べてみました。すると広辞苑では「技術」とは「物事を巧みに行う技」という説明でした。これは「技術とは技である」と言っているに過ぎません。この文章を理解するには当然「技」の意味がわかっていなければ理解出来ません。そこで今度は「技」について調べてみました。すると、「技」とは「勝敗に結びつく決まった型の技術」という説明でした。これは「技とは技術である」と言っているに過ぎません。この文章を理解するには「技術」の意味を理解する必要があります。このような説明の仕方は論理学で云うところのトートロジー(同語反復)に他なりません。それでは一体、「技」と「技術」はどのように区別したらいいのでしょうか。以下、私の考える「技」と「技術」について述べていこうと思います。
 技術は技という言葉と関連づけて考えていくとわかりやすくなります。技とは柔道で言えば背負い投げなどの名称ですし、水泳で言えばクロールなどの泳法の名称を指します。縄跳びでは二重跳びなどの跳び方の名称、テニスではボレーやストロークなどのショットの名称、スキーではショートターンなどの滑り方の名称を言います。すなわち、特定のスポーツ種目で展開される、ひとまとまりの運動形態についての名称をいいます。技の定義としては「ある課題を達成するために生まれた、それ以上分けることの出来ない、ひとまとまりの運動形態」ということになります。
 では技術はと言うと、「ある技を成し遂げるために必要不可欠な要素」と考えるのです。それは必要不可欠な要素ですから、そんなに多くはありません。技にもよりますが、3つから5つ、せいぜい6つぐらいまででしょうか。
 つまり技術を、技というアナログ時計を動かすための歯車と考えるわけです。ですから、アナログ時計を動かすためには全ての歯車(技術)が出来あがっていなければなりませんし、ただ部品(技術)が出来上がるだけでは駄目で、それらをうまく組み合わせなければなりません。運動の場合はさらにタイミングよく組み合わせることが重要になってきます。
 この技術は個人個人によって異なるものではなく、ある技を成し遂げるためには全ての人にとって共通に身につけるべきものです。その技術は言葉で伝えることが出来るし、定義することも可能です。一方、技そのものを言葉で正確に表現することは、ほとんど不可能です。人の顔を言葉で表現することが出来ないのと同様、技も言葉では表現しきれないでしょう。逆上がりを知ってもらうには、見てもらうのが一番です。
 技と技術の関係を三角形と、その中に含まれる小さな4つの三角形で考えるとわかりやすいかもしれません。図で表すと次のようになります。


a

A c
b d

大きな方の三角形は技で、その内部の4つの小さな三角形は技術です。即ち大きな三角形Aという技はabcdという4つの技術(小さな三角形)で構成されています。したがって、技Aを完成させるには4つの技術abcdを全て身につける必要があります。身につけただけでは駄目で4つの技術abcdをうまく組み合わせて、大きな三角形Aを作る必要があります。
 そのように考えていくと、上達がスムーズには進まない原因もよくわかります。一応Aという技がまがりなりにも出来たとします。テニスで言えば、例えばオーバーヘッドサーブが形は変でも(直すべき点はたくさんあるが)、なんとかサービスコートに入るようになったとします(そのような段階の技のことを専門的には粗形態の技と言います)。その段階で指導者から、もっと高い打点で打つようにトスを高く上げて、肘を伸ばしていくように指導されたとします。そうすると、その生徒は今まで入っていたサーブが途端に入らなくなるでしょう。何故かというと、指導者からは技術の一部しか、ここではトスを高く上げることと、肘を伸ばすことしか言われなかったからです。三角形で説明すれば、生徒は今までのAという技の三角形をより大きな三角形LargeAに改造しようとして技術aと技術bのみ大きくしようとしたからに他なりません。それでは仮に技術aと技術bが大きくなったとしても技術cと技術dはそのままですから、当然三角形は崩れてしまいます。かといって残りの技術cdも技術abと同時に教えればいいかというと、そう簡単にいかないことは誰しも想像がつくでしょう。人が意識できるのは1つのことのみです。2つ同時に意識することは出来ません。意識可能な対象は常に1つです。ですから生徒としては技術abcdを1つずつ身につけていくしかありません。そして更に困難なことは技術abcdという部品が全て出来ていても、それらがうまくタイミング良くかみ合わなければ技は成功しないという現実です。技を極める方法はそれしか方法がないのです。ようやく出来るようになった粗形態レベルの技Aをもっと洗練させて、しかも効果の大きい技(無駄な動きがなくなり、技に正確さとスピードが増した、そのような技のことを粗形態に対して精形態の技と言います)にしていく過程では、それまで出来ていたことも出来なくなってしまうのです。しかし、それは下手になったのではなく、より高いレベルに上がるために誰しも通る過程に他なりません。 技の完成度を高めていくには、その繰り返しに耐え続ける力が必要になってきます。技の三角形がまだ小さい内はそのプロセスも比較的短時間でクリアーできても、その三角形が大きくなればなるほど、即ち、精形態のレベルが上がれば上がるほど、次の段階のより大きな三角形を作り上げるには、より長い時間が必要になってきます。その果てしなく長い繰り返しに耐えうる人のみが超一流のアスリートになれるのでしょう。